老人ホーム入居一時金の取扱いー入居時の税務
Q.母親はこの度介護付有料老人ホームに入所することになりました。入居一時金の1000万円は、父親が母親に代わって支払う予定です。この場合において、入所一時金の1000万円は父親から母親に対する贈与となるのでしょうか。
◆ポイント!
①入居一時金の性質により考え方が変わります。
・老人ホームの入居や介護サービスの対価⇒「前払金」
・老人ホームの入居や介護サービスを終身受ける地位の対価⇒「保証金」
※老人ホームとの契約書等の内容を踏まえたうえで個別総合的な判断を要します。
②入所一時金が贈与税の非課税財産とされる「扶養義務者相互間において生活費に充てるためにした贈与により取得した財産のうち通常必要と認められるもの」に該当するか否かを検討する必要があります(相続税法21条の3第1項2号)。
③贈与税の非課税財産に該当するとされた裁決と該当しないとされた裁決を比較検討したうえで、総合的な判断が必要になります。
A.老人ホームに入所する際に、入居一時金の支払いが生じる場合があります。入居一時金は多額である場合が多く、夫婦の一方が配偶者の分の入居一時金を拠出することがあります。入居一時金の性格について、東京地裁平成22年4月28日判決では、「本件終身入居金は、一定期間の役務の提供ごとに、それと具体的な対応関係をもって発生する対価からなるものではなく、上記役務を終身にわたって受け得る地位に対応する対価であり、いわば賃貸借契約における返還を要しない保証金等に類するというべきでる。」と述べています。入居一時金を上記の判例による性格と位置付けると、母親が介護付有料老人ホームに入居する際の入居一時金1000万円は、母親が終身にわたり、老人ホームで介護等のサービスを受け続けることができる地位を得るための対価の支払であり、その1000万円を父親の資金から拠出した場合には、父親から母親への贈与があったものと考えることになります。父親から母親への1000万円の贈与があった場合、原則的には母親は贈与税の申告と納税が必要になりますが、相続税法21条の3には、贈与税の非課税財産が列挙されており、「扶養義務者相互間において生活費または教育費に充てるためにした贈与により取得した財産のうち通常必要とみられるもの」に該当するか否かについて判断することになります。
[贈与税の非課税財産]
相続税法21条の3
次に掲げる財産の価額は、贈与税の課税価格に算入しない。
一 法人からの贈与により取得した財産
二 扶養義務者相互間において生活費又は教育費に充てるためにした贈与により取得した財産のうち通常必要と認められるもの
三 以下省略
まず、入居一時金の支払いが、贈与税の非課税財産に該当するとされた裁決例を掲載します。
贈与税の非課税財産
被相続人が配偶者のために負担した介護付有料老人ホームの入居金は、相続税法第21条の3第1項第2号に規定する「扶養義務者相互間において生活費に充てるためにした贈与により取得した財産のうち通常必要と認められるもの」に該当するから、当該入居金は相続開始前3年以内の贈与として相続税の課税価格に加算する必要はないとした事例(平成20年5月相続開始に係る相続税の各更正の請求に対してされた各更正処分・全部取消し・平22-11-19裁決)
TAINSコード:J81-4-11 【国税不服審判所ホームページ】【東裁(諸)平22-110】
[裁決の要旨]
原処分庁は、本件被相続人の配偶者(本件配偶者)が介護付有料老人ホーム(本件老人ホーム)へ入居する際の入居金(本件入居金)を本件被相続人が支払ったことについて、本件入居金のうち定額償却部分については、生活保持義務の履行のための前払金的性格を有するものであり、本件配偶者はその履行に係る役務提供を受けていない部分について返還義務があるから、本件被相続人は本件配偶者に対して金銭債務を有している旨主張する。しかしながら、本件配偶者は、本件被相続人が本件入居金を支払ったことにより、本件老人ホームに入居し介護サービスを受けることができることになったところ、本件配偶者には本件入居金を一時に支払うに足る資産がないこと等にかんがみれば、本件入居金は、本件被相続人がこれを支払い、本件配偶者に返済を求めることはしないというのが、本件被相続人及び本件配偶者間の合理的意思であると認められるから、本件入居金支払時に、両者間で、本件入居金相当額の金銭の贈与があったと認めるのが相当である。加えて、本件配偶者は高齢かつ要介護状態にあり被相続人による自宅での介護が困難になり、介護施設に入居する必要に迫られ本件老人ホームに入居したこと、本件入居金を一時に支払う必要があったこと、本件配偶者には本件入居金を一時に支払う金銭を有していなかったため本件被相続人が代わりに支払ったこと、本件被相続人にとって本件入居金を負担して本件老人ホームに本件配偶者を入居させたことは、自宅における介護を伴う生活費の負担に代えるものとして相当であると認められること及び本件老人ホームは本件配偶者の介護生活を行うための必要最小限度のものであったことが認められることからすれば、本件入居金相当額の金銭の贈与は、本件においては、介護を必要とする本件配偶者の生活費に充てるために通常必要と認められるものであると解するのが相当である。したがって、本件入居金相当額の金銭は、相続税法第21条の3《贈与税の非課税財産》第1項第2号に規定する贈与税の非課税財産に当たるから、その贈与が本件相続の開始前3年以内に行われているとしても、同法第19条《相続開始前3年以内に贈与があった場合の相続税額》の規定が適用されるものでもない。(参照条文等)相続税法第19条第1項、第21条の3第1項第2号 裁決年月日 H22-11-19 裁決事例集 J81-4-11
つぎに、入居一時金の支払いが、贈与税の非課税財産に該当しないとされた裁決例を掲載します。
贈与税の非課税財産
被相続人が配偶者のために負担した有料老人ホームの入居金は、贈与税の非課税財産に該当しないから、当該入居金は相続開始前3年以内の贈与として相続税の課税価格に加算する必要があるとした事例(平成19年7月相続開始に係る相続税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分・棄却・平23-06-10公表裁決)TAINSコード:J83-4-20 【国税不服審判所ホームページ】
[ポイント]
被相続人が配偶者のために負担した有料老人ホームの入居金が贈与税の非課税財産(相続税法第21条の3第1項第2号)に該当するか否かについて、平成22年11月19日裁決(裁決事例集№81)では非課税財産に該当すると判断したのに対し、本事例は、非課税財産に該当しないと判断したものである。
[要旨]
請求人は、請求人及び本件被相続人が本件相続開始の約2カ月半前に入居した老人ホーム(本件老人ホーム)の入居金(本件入居金)を本件被相続人が支払ったことについて、本件入居金の性質は終身利用権の対価であり、請求人は本件被相続人から終身利用権を死因贈与により取得したことになるところ、終身利用権は一身専属権であって贈与税の対象とはならないから、相続開始前3年以内の贈与として本件相続税の課税価格に加算されない旨主張する。しかしながら、本件被相続人は、自らに支払義務のない請求人に係る入居金のうちの一部に相当する金額を支払ったものであり、これによって請求人は、入居金全額の支払いによって初めて取得することのできる施設利用権を、低廉な支出によって取得したものと認められることからすると、請求人は著しく低い対価で本件老人ホームの施設利用権に相当する経済的利益を享受したものということができ、本件被相続人と請求人との間に実質的に利益の移転があったことは明らかであるから、相続税法第9条により、請求人は、その利益を受けた時における当該利益の価額に相当する金額を本件被相続人から贈与により取得したものとみなすのが相当である。また、本件入居金は極めて高額であり、請求人に係る居室面積も広く、本件老人ホームの施設の状況等をかんがみれば、本件老人ホームの施設利用権の取得のための金員は、社会通念上、日常生活に必要な住の費用であるとは認められないから、相続税法第21条の3(贈与税の非課税財産)第1項第2号の規定する「生活費」には該当せず、贈与税の非課税財産に該当しない。したがって、贈与により取得したものとみなされた金額は、相続開始前3年以内の贈与として本件相続税の課税価格に加算されることとなる。(参照条文等)相続税法第21条の3第1項第2号、第19条第1項 相続税法基本通達21の3-3,21の3-6(参考判決・裁決)平成22年11月19日裁決(裁決事例集№81)裁決年月日H23-06-10 裁決事例集J83-4-20
上記の2つの異なる裁決例を詳細に検討してみると、贈与税の非課税財産に該当するか否かについては、次の3つの事項等について総合的に勘案したうえで判断することが必要となるかと思われます。
①配偶者固有の財産額の大きさ
②介護を必要とする程度
③老人ホームの施設設備の程度及び入居一時金の額の大きさ