同族法人の債権債務 ― 生前対策の必要性

Q.父親は20年ほど前に父親所有の土地にアパートを建築しました。その際に父親は不動産管理会社(株式会社)を設立し、アパートの建物は不動産管理会社名義としています。不動産管理会社の株主は父親が100%(10,000株)の状態です。

◆直近の決算による税務上の株価については下記のとおりでした。

・類似業種比準価額方式 150円

・純資産価額方式 2,000円

・会社規模 小会社

 ◆直近の決算の貸借対照表の概略は下記のとおりです。

(B/S)

資産)

現預金 6,000万円

建物  5,000万円

負債)

借入金(銀行) 5,000万円

借入金(父親) 4,000万円

純資産)   2,000万円

 父親に相続が発生した場合の相続財産の種類とその評価額について教えてください。

ポイント!

①被相続人が自身で設立した会社(同族法人)を有している場合、「自社株式」と「同族法人との債権債務」が相続財産および債務になります。

②同族法人が不動産(土地または建物)を有している場合、同族会社がその不動産の取得時に個人から資金を借入して、不動産を取得しているケースがあります。

③自社株式の税務上の評価額を算定し、次世代に生前贈与することにより将来の相続税の負担を軽減させることもあります。

 A.土地資産家にとって、不動産管理会社を設立してアパート、マンション経営を行っていることが一般的になってきました。不動産管理会社といっても、その管理形態により、大きく3つの方式があります。

(A)管理委託方式

不動産管理会社が不動産所有者のアパート、マンションの清掃・点検・入退去手続等を行い、管理料として、アパート、マンションの家賃収入の5%~10%程度が売上計上される方です。

(B)一括借上方式(サブリース方式)

不動産管理会社と不動産所有者がアパート、マンションの一括借上契約を締結したうえで、アパート、マンションの入居者とは、不動産管理会社が賃貸借契約を締結する方式です。入居者からの家賃は不動産管理会社の口座へ入金され、不動産管理会社から不動産所有者へは一括借上契約による賃借料が支払われることになります。個々の入居者の退去による家賃の減少リスクは不動産管理会社が負担することになり、不動産管理会社の売上は家賃収入全体の15%程度となります。

(C)不動産所有方式

不動産管理会社がアパート、マンションの所有権自体を有する方式です。この方式の場合、入居者からの家賃はすべて不動産管理会社の売上となります。

 

○土地がもともと個人所有の場合には、(C)のアパート、マンションの建物のみを不動産管理会社が所有する形態をとる場合が一般的です。このQのケースも(C)不動産所有方式であり、土地は父親名義で、アパート建物は不動産管理会社名義です。父親の所有する財産は、「不動産管理会社の株式10,000株」と「不動産管理会社への貸付金4,000万円」です。

①自社株式の評価

「自社株式10,000株」の税務上の評価は、財産評価基本通達に基づき評価されることになります。(a)類似業種比準価額方式による株価は150円/株、(b)純資産価額方式による株価は2,000円/株、不動産管理会社の(c)会社規模は「小会社」ですので、原則的評価方式による1株当たりの株価は、150円×0.5+2,000円×(1-0.5)=1,075円となります。つまり、父親が所有する自社株式の財産評価額は、1,075円×10,000株=10,750,000円となります。

(a) 類似業種比準価額

類似業種比準価額は、同族会社の過去3年間の配当利益等、同種の上場会社の配当利益等の水準を比較したうえで算出された株価となるため、同族会社の直近3年間の決算水準が株価に大きく影響します。

(b) 純資産価額

純資産価額は、同族会社の資産と負債を財産評価したうえで、税務上の資産価額-税務上の負債価額=純資産価額として株価を算出します。同族会社の過去の業績や保有資産(土地、有価証券等)の含み益が株価に影響することになります。

(c) 会社規模の判定

会社規模は、同族会社の「純資産価額」「従業員数」「取引金額(売上高)」を基に判定し、「大会社」「中会社」「小会社」に区分されることになります。会社の規模により、算定にあたって類似業種価額と純資産価額を混ぜ合わせる割合が異なり、財産評価額に影響を与えます。

②貸付金の評価

「貸付金4,000万円」の財産評価については、下記のとおりとなります。

貸付金元本の価額 + 利息の価額 = 財産評価額

つまり、4,000万円に貸付期間に応じた既経過利息額を加算した金額が財産評価額となります。同族会社に対する貸付金を財産として認識するのを忘れてしまっていることがよくあります。このQのケースでは、父親は同族会社に対して4,000万円の貸付金を有していることが同族会社の決算書上明示されていますが、父親は返済をしてもらうつもりがないために財産として全く認識していないということがあります。同族会社への貸付金は、相続税の生前対策として相談されることが多い事項ですが、下記の3種類の方法を検討することになります。

(ⅰ)金銭で弁済する方法

同族法人が借入金を金銭で個人に弁済して、個人から同族法人への貸付金を減少させる方法です。同族法人に借入金を弁済する財産力があることが前提となります。個人は貸付金が金銭に変わっただけなので、返済を行ったことで相続税の負担が減少することにはなりません。

(ⅱ)債権放棄する方法

個人が貸付金の返済を放棄する(債権放棄)する方法です。この場合、同族法人は借入金の返済が免除されることになり、債務免除益に対して法人税の負担が生ずることになります。同族法人に繰越欠損金(過去の決算における税務上の損失)が残っている場合には、法人税の負担が軽減されることがあります。

(ⅲ)債権を株式化する方法(デット・エクイティ・スワップ)

父親が有する同族法人への貸付債務を同族法人の株式に変換する方法です。この場合、父親の貸付金は、同族法人の株式に変換されることになります。同族法人の株式に変換された場合、自社株式の財産評価額は会社規模に応じて類似業種比準価額と純資産価額の混ぜ合わせ評価になり、相続税対策が比較的行いやすい環境となるため、相続税対策としてデット・エクイティ・スワップを検討することがあります。しかし、デット・エクイティ・スワップを行う場合は、税務上のリスクについて検討する必要があります。貸付金を券面額で現物出資した場合に、貸付金の時価が税務上の問題を引き起こす可能性があります。デット・エクイティ・スワップを行う際には、貸付金の時価評価額について専門家に相談したうえ、時価評価額で現物出資することが必要となります。