名義預金の取扱い③ 妻名義の預金

Q.父親は長年事業(開業医)を行っており、父親の相続人は母親と長男と二男の3人です。母親は父親と婚姻してからは専業主婦です。長男と二男は勤務医です。母親は父親と婚姻して以降、現在まで50年間、家族の家計のやりくりを行ってきましたが、生活費の余剰金は母親名義の預金口座で管理しており、その残高が3,000万円ほどになりました。父親に相続が発生した場合、生活費の余剰金である母親名義の預金口座の預金は父親の相続財産となるのでしょうか。

ポイント!

①母親名義の預金口座の預金が父親の「名義預金」であるか否かについての判断となります。

②「名義預金」であるか否かについては、その管理・運用状況・原資となった金員の出捐者および贈与の事実の有無を総合的に勘案したうえで判断します。

A. 母親の名義の預金口座内の預金が父親の「名義預金」であるか、母親の固有財産であるのかについては、相続税の申告を行う際に非常に悩ましい問題となります。父親の相続財産として申告すると相続税の税額が増加することになり、相続人としては積極的に申告することに躊躇する場合があります。また母親としては自身の名義の預金口座は、自身の固有財産であるという思いが強い場合もあり、申告を担当する税理士にとって非常に判断が困難になる場合が多くあります。「名義預金」とは、被相続人が名義を借りて作成した預金口座に蓄積された被相続人の預金という意味で使われており、国税庁のホームページの「相続税の申告のしかた(平成29年分用)」4ページでは下記のように名義預金について説明されています(再掲)。

Q&A 家族名義の財産は?

問:父(被相続人)の財産を整理していたところ、家族名義の預金通帳が見つかりました。この家族名義の預金も相続税の申告に含める必要があるのでしょうか?

答:名義にかかわらず、被相続人が取得等のための資金を拠出していたことなどから被相続人の財産と認められるものは相続税の課税対象になります。したがって、被相続人が購入(新築)した不動産でまだ登記をしていないものや、被相続人の預貯金、株式、公社債、貸付信託や証券投資信託の受益証券等で家族名義や無記名のものなども、相続税の申告に含める必要があります。

出典:http://www.nta.go.jp/shiraberu/ippanjoho/pamph/sozoku/shikata-sozoku2017/pdf/02.pdf[平成30年2月23日確認]再掲

このQのケースは、母親名義の預金口座内の預金の残高が、父親の相続財産であるのか否かについての判断となります。過去の判例、裁決例等に鑑みると、名義預金であるか否かにについて、下記の事項等を総合的に勘案したうえで判断することになります。

①母親名義の預金口座内の預金の原資

②母親名義の預金口座の管理状況

③母親名義の預金口座の取引印

④母親名義の預金口座の運用状況

⑤父親と母親の過去の所得状況

⑥父親から母親への金銭の贈与の有無

⑦父親と母親の生活費等の管理状況

 

◆裁決例を2点紹介します。

1点目は、妻名義の預貯金等は被相続人である夫に帰属するものと認められた裁決例です。

◆資産の帰属・妻名義の預貯金等

被相続人の妻名義の預貯金等は、その原資及び管理運用の状況から被相続人に帰属するのと認められ、夫から妻への生活費の余剰金の贈与と認めるに足る証拠もないので、相続財産に該当するとされた事例(平成17年10月28日付でされた平成■■年■■月■■日相続開始に係る相続税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分・棄却・平19-04-11裁決) TAINSコード:F0-3-312【東裁(諸)平18-230】【情報公開法第9条第1項による開示情報】

[裁決の要旨]

1 被相続人以外の者の名義の財産の帰属の判断に当たっては、単に名義人が誰であるかという形式のみにより判断するではなく、その財産の取得原資、管理及び運用の状況の並びに帰属の変動の原因となる事実の有無等の客観的事実を総合的に勘案して判断すべてものである。

2 妻Aに渡されて生活費の残余であるか否かは別問題として、認定事実のとおり、本件預貯金等(被相続人の妻A名義の銀行預金、郵便貯金並びに割引金融債券及び利付金融債券)の原資は、被相続人が拠出したものであり、本件預貯金等の取得原資を被相続人が拠出していたことに加え、被相続人による管理及び運用の事実が認められることから、本件預貯金等は、被相続人に帰属していたことが認められる。

3 請求人は、本件預貯金等は被相続人から妻Aへの生活費等として生前贈与されたものを貯蓄して形成されたものであり、生活費の余剰金については、口頭による贈与契約があった旨主張する。しかしながら、①仮に被相続人が妻Aに生活費として処分を任せて渡していた金員があり、生活費の余剰分は自由に使ってよい旨言われていたとしても、渡された生活費の法的性質は夫婦共同生活の基金であって、余剰を妻A名義の預貯金等としたとしてもその法的性質は失われないと考えられるのであり、このような言辞が直ちに贈与契約を意味してその預金等の全額が妻Aの特有財産となるものとはいえないこと、②生活費の余剰金が妻Aに贈与されたことを具体的に明らかにする客観的証拠はないこと、③妻A等が述べる被相続人の性格からは、被相続人が妻Aに対し、生活費の余剰をすべて贈与したというのは不自然であることなどから、被相続人から妻Aへの生活費の余剰金の贈与を認めるに足りる証拠は見当たらないので、この点に関する請求人の主張には理由がない。

4 請求人は、妻Aが本件預貯金等から出金した15,000,000円をBに貸し付け、B及びその夫も妻Aからの借り入れと認識しており、また、現在も妻Aに返済している事実は、本件預貯金等が妻Aに帰属する事実の間接証明となる旨主張する。しかしながら、妻Aからの貸付けの客観的証拠が見当たらないこと、Bが妻Aからの現在の借入残高は明らかでないとするのは、15,000,000円もの金銭消費貸借関係が真実存在するならば、不自然であることから、請求人が主張する妻Aから貸付けは認められない。

5 以上のことから、総合判断すると、本件預貯金等については妻Aの名義になっているものの、認定事実のとおり、その原資は被相続人が拠出したものであって、本件預貯金等は被相続人に帰属すると認められるのが相当であるから、請求人のいずれの主張にも理由がない。

6 上記のとおり、本件預貯金等は被相続人からの相続財産と認められ、本件預貯金等の価額については、請求人及び原処分庁に争いがなく、当審判所においても相当と認められることから、本件更正処分は違法である。裁決年月日 H1-9-04-11 コード番号 F0-3-312

2点目は、家族名義の預貯金等について、原資となった金員の出捐者および贈与の事実の有無を総合的に勘案したところ、被相続人である父親に帰属する相続財産とは認められないものとされた裁決例です。

◆課税財産の認定(預貯金等)

被相続人の家族名義の預貯金等について、その管理状況、原資となった金員の出捐者及び贈与の事実の有無等を総合的に勘案したところ、被相続人に帰属する相続財産とは認められないとした事例

(平成21年12月相続開始に係る相続税の各更正処分及び重加算税の各賦課決定処分・全部取消し・平25-12-10公表裁決) TAINSコード:J93-4-11【国税不服審判所ホームページ】

[要旨]

原処分庁は、請求人ら及びその家族の名義の預貯金等(本件預貯金等)について、請求人らの申述及び代理人から提出された本件預貯金等に関する金額の移動状況等を記載した資料に基づき、その管理・運用状況、原資となった金員の出捐者及び贈与の事実等を総合的に勘案すると被相続人の相続財産に該当する旨主張する。しかしながら、原処分庁は、本件預貯金等の使用印鑑の状況や保管場所などの管理状況について何ら具体的に主張立証を行わず、また、その出捐者についても、相続開始日前3年間の被相続人の収入が多額であることなどを挙げるのみで、具体的な出捐の状況について何ら主張立証を行わない。そして、当審判所の調査の結果によっても、被相続人、請求ら及びその家族の名義で取引先の金融機関に提出された印鑑届等の筆跡および印影から、本件預貯金等は各名義人が管理・運用していたと推認されるものの、本件預貯金等の出捐者については、誰であるか認定することはできず、また、被相続人から請求人らに対する贈与の事実の有無については、贈与がなかったと認めるには至らなかった。したがって、本件預貯金等の管理・運用の状況、原資となった金員の出捐者及び贈与の事実の有無等を総合的に勘案しても、本件預貯金等がいずれに帰属するのかが明らかでなく、ひいては、本件預貯金等が被相続人に帰属する、すなわち、相続財産に該当すると認めることはできない。 [参考判決・裁決] 東京地裁平成20年10月17日判決 (税資258号順号11053) 平成19年10月4日裁決(裁決事例集№74) 裁決年月日 H25-12-10 裁決事例集 J93-4-11

妻名義の預金について上述のとおりですが、では、妻名義の不動産があった場合はどのように考えるのでしょうか。たとえば、軽井沢に別荘があり、その土地建物の登記上の所有者が妻になっており、その軽井沢の別荘の購入資金は夫が拠出していた場合は、この妻名義の別荘は夫の「名義不動産」として相続財産となるのでしょうか。まずは、関係する法令、通達を見てみましょう。

(贈与又は遺贈により取得したものとみなす場合―その他の利益の享受) 相続税法9条(一部省略・読替)

贈与又は遺贈により取得したものとみなす規定の適用がある場合を除くほか、対価を支払わないで、又は著しく低い価額の対価で利益を受けた場合においては、当該利益を受けた時において、当該利益を受けた者が、当該利益を受けた時における当該利益の価額に相当する金額を当該利益を受けさせた者から贈与(その行為が遺言にとりなされた場合には、遺贈)により取得したものとみなす。(以下省略)

(財産の名義変更があった場合) 相続税基本通達9-9

不動産、株式等の名義の変更があった場合において対価の授受が行われていないとき又は他の者の名義で新たに不動産、株式等を取得した場合においては、これらの行為は、原則として贈与として取り扱うものとする。

軽井沢の別荘を夫の資金で取得し、その不動産を妻名義にした場合、上記の法令等から検討すると、不動産の取得時に夫から妻に対する贈与が行われたと取り扱うことが原則になります。

例外的な取り扱いについては、次のとおり個別通達が出ています。

【名義変更等が行われた後にその取消し等があった場合の贈与税の取扱いについて】

標題のことに関し、下記のように定めるとともに相続税法基本通達(昭和34年1月28日直資10)の一部を改正したから、今後処理するものから、これにより取り扱われたい。

(趣旨)贈与が行われたことの事実の認識については、贈与の性質及び贈与が多く親族間等の特別関係がある者相互間で行われることが多いことなどから、かなりの困難を伴うことが多い。このため、不動産の所有権移転登記などの財産の名義変更が行われた場合において対価の支払がないとき、又は他人名義により財産の取得が行われた場合においては、一般的には名義人となった者が当該財産又はその取得資金を贈与により取得したものと推定することに取り扱うこととしている。しかし、財産の名義変更又は他人名義による財産の取得が行われた場合においても、それが贈与の意思に基づくものではなく、他のやむを得ない理由に基づいて行われる場合又はこれらの行為が権利者の錯誤に基づいて行われた場合等においては、その例外となることはいうまでもない。ただ、名義変更又は他人名義による財産の取得が果たしてそのような事由に該当して行われたものであるかどうかの判断については、これを確認するに足りる客観的な事実の申し出又は証拠の提供が不可能な場合が多く、かなり困難を伴うことである。そこで、財産の名義変更又は他人名義による財産の取得があった場合においてこれらの行為が贈与の意志に基づかないで、又は錯誤により行われたかどうかの判断については、財産の権利者の表示を明らかにすることも併せ考え、財産の名義人とその権利者とを一致させることにすることとするとともに、贈与契約の取り消し等があった場合の取扱いを定めたものである。

(他人名義により不動産、船舶等を取得した場合で贈与としない場合)

1 他人名義により、不動産、船舶又は自動車の取得、建築又は建造の登記又は登録をしたため、相続税法基本通達9-9に該当して贈与があったとされるときにおいても、その名義人となった者について次の(1)及び(2)の事実がみとめられるときは、これらの財産に係る最初の贈与税の申告若しくは決定又は更正(これらの財産の価額がその計算の基礎に算入されている課税価格又は税額の更正を除く。)の日前にこれらの財産の名義を取得又は建築若しくは建造した者(以下「取得者等」という。)の名義としたときに限り、これらの財産については、贈与がなかったものとして取り扱う。

(1)これらの財産の名義人となった者(その者が未成年者である場合には、その法定代理人を含む。)がその名義人となっている事実を知らなかったこと。(その知らないことが名義人となった者が外国旅行中であったこと又はその登記済証若しくは登記済証を保有していないこと等当時の情況等から確認できる場合に限る。)

(2)名義人となった者がこれらの財産を使用収益していないこと。

(他人名義により有価証券を取得した場合で贈与としない場合)

2 他人名義による有価証券の取得の株主名簿への登載等をしたため相続税法基本通達9-9に該当して贈与があったとされるときにおいても、名義人となった者について、次の(1)及び(2)の事実が認められるときは、当該有価証券に係る最初の贈与税の申告若しくは決定又は更正(当該有価証券の価額がその計算の基礎に算入されている課税価格又は税額の更正を除く。)の日前に当該有価証券の名義をその取得者の名義としたときに限り、当該有価証券については、贈与がなかったものとして取り扱う。

(1)「1」の(1)の事実

(2)名義人となった者がその有価証券を管理運用し、又はその収益を享受していないこと。

(以下省略)

不動産の名義人と資金出捐者が異なる場合、相続税法基本通達により原則として名義変更時点での贈与として取り扱うこととされています。例外的に他人名義により不動産を取得した場合で、贈与に該当しないとされる場合(個別通達)でも、贈与税の申告期限までに真の所有者に名義を変更することが求められていることから、原則的には「名義不動産」は存在しないものと考えられます。ただし、名義不動産が認識された判決例も存在することから、名義不動産についてもその取得原資や使用収益の状況等を総合的に考慮したうえで判断することが必要です。