土地の譲渡契約締結後の相続 土地の引渡未了のケース

Q.このたび、母親に相続が発生しました(平成29年12月1日)。母親の相続人は、長男1人です。母親は自宅に一人住まいの状況で、長男は母親と別居しており、賃貸住宅に居住しています(相続前3年以内に自己が所有する自宅に居住していません)。母親は、老人ホームに入居する予定があり、生前平成29年10月1日に自宅土地建物の譲渡契約(譲渡金額:1億円、自宅土地建物の相続税評価額:8000万円)を第三者と締結していました。自宅土地建物の引渡予定日は、平成30年1月30日です。なお、土地の地積は300㎡です。

◆自宅土地建物の譲渡契約の内容は下記のとおりです。

 契約日:平成29年10月1日(契約金1000万円受領済)

 引渡日:平成30年1月30日(引渡金9000万円受領予定)

 平成29年10月1日:譲渡契約締結 譲渡金額 1億円 

          手付金 1000万円受領

 平成29年12月1日:母親に相続発生

 平成30年1月30日:土地建物引渡予定日  引渡金 9000万円受領予定

上記の場合における相続税の申告および譲渡所得税の申告について教えてください。

ポイント!

①母親の相続財産は「自宅土地建物」なのか、それとも「土地建物譲渡代金請求権」なのか。

②小規模宅地等の特例の適用の余地はあるのか。

A.高齢者の一人住まいが増加する中で、自宅土地建物を売却してその資金をもとに老人ホームに入居するケースが近年ますます増えています。このQは、土地建物等の譲渡契約を被相続人である母親が締結した後、自宅土地建物を第三者に引き渡す前に母親の相続が発生してしまった場合における、相続税と所得税の申告の取扱いに関する内容です。

◆まず、土地建物等の譲渡契約締結後、譲渡契約物件の引渡しが完了する前に相続が発生した場合について、相続税法および評価通達においてのその取扱いは明示されていません。つまり、税務上の取扱いについて、相続税の課税財産が、「土地建物」であるのか「土地建物の譲渡代金の引渡金」であるのかについて、その判定は事実認定に属する事項であると考えられます。

民法896条

相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。ただし、被相続人の一身に専属した者は、この限りでない。

民法896条のただし書にて、「被相続人の一身に専属したものは、この限りでない。」とされていますが、このQの「土地建物譲渡代金の引渡金請求権」は、被相続人の一身に専属したものには含まれないため、被相続人である母親の相続によって当該引渡請求権は消滅せず、相続の対象となります。つまり、被相続人である母親が締結した土地建物譲渡契約に伴う土地建物譲渡代金の引渡請求権は、その権利義務を母親の相続人である長男が承継することになります。

◆一方で、税務業務に携わる税理士にとっては、下記の通達(「土地の売却を行った場合の所得の認識時期について」)があるため、相続財産を「土地建物」として評価するのか、「土地建物譲渡代金の引渡し金額請求権」として評価するのかの判断に迷いが生じます。

(山林所得又は譲渡所得の総収入金額の収入すべき時期)

所得税基本通達36-12(一部省略)

山林所得又は譲渡所得の総収入金額の収入すべき時期は、山林所得又は課税所得の基因となる資産の引渡しがあった日によるものとする。ただし、納税者の選択により、当該資産の譲渡に関する契約の効力発生の日により総収入金額に算入して申告があったときは、これを認める。(以下省略)

上記の通達は、所得税の申告上、土地建物の譲渡所得の認識は、原則として引き渡しがあった日の属する年の申告とするが、納税者の選択により契約日の属する年に譲渡があったものとして申告することを認めるというものなのです。

◆つまり、このQのケースにあてはめると、下記の通りとなります。

母親の譲渡所得の認識時期

原則:平成30年1月30日(引渡日)

選択:平成29年10月1日(契約締結日)

この場合において、所得税基本通達の原則のとおり、平成30年1月30日に自宅土地建物の譲渡があったと所得税法上認識したとすると、相続発生時点(平成29年12月1日)では、自宅土地建物はいまだ譲渡所得が認識されていないことから下記のとおりの考え方が生じます。

原則:相続発生時点では譲渡所得が認識されていないから、相続税の課税財産は「土地建物」?

選択:相続発生時点ですでに譲渡所得が認識されているため、相続税の課税財産は「土地建物譲渡代金の引渡請求権」?

上記のとおり、相続財産の「種類」および課税財産の「評価額」についてその判断が困難になるわけです。

◆課税実務上は、どのように取り扱われているのか、参考となる裁決例を以下に紹介しましょう。

相続税の課税財産の認定(売買契約中の土地)

土地等の売買契約中に売主に相続が開始した場合における相続税の課税財産は、相続開始後に相続人が当該売買契約を解除した場合であっても、売買残代金請求権とするのが相当であるとした事例(平成18年3月相続開始に係る相続税の各更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定処分・棄却、一部取り消し・平21-09-16裁決)

TAINSコード:J78-4-26【裁決事例集第78集419頁】【広裁(諸)平21-3】【情報公開法第9条第1項による開示情報】

〔裁決の要旨〕

相続税の納税義務は、相続による財産を取得した時、すなわち、相続開始の時に成立するものと解される。そして、相続により取得した財産の価額の合計額をもって相続税の課税価格とすることとされており、相続によりっ取得した財産の価額は、原則として、当該財産に生じた事情は、制度の上の措置がなされている場合など、これを考慮すべき特段の事情と認められない限り考慮されないこととなる。また、相続開始時に売買契約が締結されている土地等について、相続税の課税対象となる財産を判定するに当たっては、相続開始の時において、売買残代金請求権が確定的に被相続人に帰属していると認められるか否かの観点から判定するのが相当と解される。そうすると、このようにして判定した相続税の課税対象となる財産について、相続開始後に何らかの事情が生じたとしても、相続開始の時において売買残代金請求権が確定的に被相続人に帰属していると認めることが不相当であるというべき特段の事情でない限り、その事情は考慮するものではないと解される。

本件売買契約の各当事者は、本件売買契約の実現に向け、本件売買契約書に定められた各条項を誠実に履行し、本件相続の開始時において、本件各土地建物の引渡予定日及び売買残代金の決済予定日の決定していたことが認められる。このように、本件相続の開始時において、本件売買契約が履行されることが確実であると認められるような状況下にあっては、本件各土地建物の所有権が本件被相続人に残っているとしても、もはやその実質は本件売買契約に係る売買残代金請求権を確保するための機能を有するに過ぎないものといえ、請求人らが相続した本件各土地建物は、独立して相続税の課税財産を構成しないというべきである。そして、請求人らが本件相続の開始後に行った本件売買契約の解除は、本件被相続人から本件売買契約に係る契約上の地位を承継した請求人らの意思によるものであり、当該解除をもって相続開始時において売買残代金請求権が確定的に被相続人に帰属していると認めることが不相当であるというべき特段の事情ということはできないから、本件相続の開始時において、売買残代金請求権は確定的に本件被相続人に帰属していると認められるのが相当である。そうすると、本件相続に係る相続税の課税財産とすべき財産は、本件売買契約に係る売買残代金請求権である。 裁決年月日 H21-09-16 裁決事例集 J78-4-26

上記の裁決の要旨で、「相続開始時に売買契約が締結されている土地等について、相続税の課税対象となる財産を判定するにあたっては、相続開始の時において、売買代金請求権が確定的に被相続人に帰属していると認められるか否かの観点から判定するのが相当と解される」とあります。

つまり、課税実務上の取扱いは下記のとおりとなります。

土地等の引渡しが確定的である場合⇒相続財産は「売買残代金請求権」 9000万円

土地等の引渡しが未確定である場合⇒相続財産は「土地等」 8000万円(小規模宅地等適用後1600万円)

◆土地等の引渡しが確定的であるのか未確定であるのかについては、裁決の中で「相続開始の時において売買残代金請求権が確定的に被相続人に帰属していると認めることが不相当であるというべき特段の事情でない限り、その事情は考慮されるものではないと解される」とあります。つまり、売買契約締結後引渡前に相続が発生した場合の相続財産は、原則として「売買残代金請求権」であるとされ、例外的な位置づけで、土地等の引渡しが確定的ではない特段の事情がある場合に、相続財産を「土地等」とすることを認めていることが読み取れます。例外的な取り扱いである以上、相続財産を「土地等」として申告する場合において、土地等の引渡しに特段の事情があることを納税者側が積極的に立証することが実務上求められてくるものと考えます。

◆つぎに、小規模宅地等の特例の適用の余地について考えます。このQにおいて、母親の相続税の課税財産の「種類」が、「土地建物譲渡代金の引渡し請求権」か「土地建物」かにより判断が変わります。

「土地建物譲渡代金引渡請求権」の場合⇒適用不可

「土地建物」の場合⇒適用可能(他の要件を満たした場合)

◆不動産譲渡契約後に相続が生じ、相続開始時点で不動産の引渡しが完了していない場合について、課税上の取扱いを明示した法令がありません。過去の裁決事例等を検討すると、相続開始時の売買代金請求権が確定的な債権であるのか否かについての判断が必要であると解されます。債権が確定的であるのか否かについては、個別の案件ごとに判断する必要があり、税理士等の判断が相続税額に影響を与えることになります。債権が確定的であるか否かについては、個別の案件ごとに判断する必要があり、税理士等の判断が相続税に影響を与えることになります。債権が確定的である場合は、相続財産は「売買残代金請求権」となり、小規模宅地等の特例の適用とならないと考えるのが原則です。また、債権が未確定(つまり、買主側に売買残代金支払能力がないこと等債権の回収が困難であること)である場合は、売買残代金請求権が確定的に被相続人に帰属していると認められない特段の事情を疎明することを求められると考えられ、納税者側に積極的な疎明資料等の準備が必要となります。さらに、債権が未確定である場合は、相続財産は「債権」ではなく、「土地等」となるため、小規模宅地等の特例の適用余地があるものと考えます。