【時事解説】口座維持手数料が与えるインパクト 

日銀が進めているマイナス金利政策が民間銀行を苦しめています。マイナス金利政策による収益悪化の対応措置の一環として、民間銀行は預金口座に口座維持手数料をかけるのでないか、という話がささやかれるようになっています。実際、いくつかの銀行で不稼働口座に手数料をかける動きは始まっているようですが、すべての預金に口座維持手数料を負担させるまでにはかなり高いハードルがあると思います。ただ、今の収益環境が続けば、民間銀行も背に腹は変えられず、これまで禁断とされてきた口座維持手数料に手を付けざるを得ないかもしれません。もし、口座維持手数料を本当にかければ、預金者はどのように動くか考えてみたいと思います。

これまでも、金利が低くなると、銀行に預金が集まらなくなるといわれていましたが、どんなに低くなり、ほとんどゼロになっても銀行預金が減ることはありませんでした。しかし、口座維持手数料をかけられると、預金利息はほとんどゼロに等しい状況ですから、預金は確実に減ることになります。預金額が変わらないのと減るのでは大違いです。今の100円が来年になると間違いなく99円になるとすれば、さすがに堅実さが評判の日本の預金者も動くかもしれません。

まず、確実に起きると予想されるのは、預金口座の集約です。現在の金融システムでは、銀行預金を全部引き上げ、全てをタンス預金にするというわけにはいきません。給与振り込みや決済のために、どこかに預金口座を持たなければ、日常生活が不自由になります。口座維持手数料があるとすれば、できるだけ所有口座数を少なくしたいと思うはずです。これまで、いくつかの銀行に分散していた預金はできるだけメイン銀行に集め、決済も集中し、他の口座は解約するようになるでしょう。

「貯蓄から投資へ」は長い間、政府・金融庁のスローガンでしたが、余り効果を上げてきたとはいえません。これまで、貯蓄が減少しなかったのは、貯蓄は投資とは違い、「減ることはない」という安心感があるからでした。今年の100円は銀行預金である限り来年も最低限100円は維持できていました。ところが、口座維持手数料がかかるとすると、今年の100円は来年には必ず99円になってしまいます。一方、株式などの投資に振り向ければ今年の100円は来年には98円になるかもしれませんが、うまくすれば102円、103円になる可能性もあります。さて、日本の預金者はそれでも、間違いなく来年99円になる預金を選択するでしょうか。実際にどうなるかは何とも言えませんが、さすがに、資金が投資に向かうかもしれません。

我が国の金利水準は世界的に最低水準ですが、他の国を見渡せばまだ金利が高い国はあります。これまで海外に預金が逃げなかったのは、国内の銀行預金においておけば少なくても“元本は割り込まない”という安心感があるからでした。つまり、外国に資金を移すことに伴う為替リスクやカントリーリスクを嫌っていたのです。しかし、口座維持手数料がかかり、確実に預金が減少するとなれば、リスクを取っても海外に預金が逃避するかもしれません。いわゆるキャピタルフライトです。キャピタルフライトが本格化すれば、我が国の巨額の政府債務は預金者の豊富な貯蓄が裏付けとなっていますから、金融だけでなく財政にも深刻な影響を与えることになります。